2025/07/25

ひとくちの地獄

大学2年のとき、中学の同級生の訃報メールが届いた。

あんなに生命力があった子が、どうして?

悪い冗談かと思って、何人かに電話をかけた。けれど、どうやら本当に亡くなってしまったらしい。


夏だった。

お葬式場に着いた瞬間、涙が止まらなかった。

でも泣いていたのは、私だけだった。


まわりの19〜20歳の子たちは、

「摂食障害だったんだって。ベッドで寝てると思ったら、息してなかったらしい」

「親が悪いよね」

と、大人みたいな顔でご両親を批判していた。


あのときは本当に悲しかった。

けれど大人になった今、思ってしまう。

——カルマだったのかもしれない、と。


彼女は、とても卑しい子だった。



中学を卒業しても、定期的に遊んでいた。

高校時代、ケーキ屋さんに行ったときのことをよく覚えている。


彼女は「ひとくちちょうだい」と言って、私のケーキにフォークを伸ばし、

大きなかけらをもぎとった。

私も同じようにやり返すと、

「取りすぎ!ケーキ崩れるじゃん!」と逆ギレした。


大学になって、料理教室に一緒に通ったことがある。

私は大きなシナモンロールを4つ、彼女はマカロンを20個以上焼いた。

「シナモンロール1個と、マカロン1個、交換しよ」

そう言われたが、断った。


終電が近かったのに、彼女はのんびり歩いていた。

私は黙って、ひとりで駅まで走った。


その夜、彼女からたくさんの文句メールが届いた。

でも私は、

「アスペ乙」

とだけ返し、それきり返信をやめた。



彼女は、ドーナツを配っている店を見つけると、

「並ぶだけ並んで、ドーナツ貰ったら逃げよう。」

と提案してきた。


男性の自慰行為を見せられるバイトをしていた。

出会い系で、男に食べたいレストランに連れていってもらい、

食後に「お父さんが迎えに来るから」と立ち去っていた。


いつも「どうすれば自分が得するか」しか考えていなかった。



彼女には、憧れのブロガーがいた。

その子みたいに、かわいくなりたかったんだと思う。

服もメイクも真似していた。

「高学歴の彼氏が欲しい」などと話していた。


中学時代は、先生や友達に平気で傷つけることを言っていた。

仲の良かった私でさえ、一度ひどい裏切りをされた。


交換はいつだって不平等だった。

奪い、騙し、すり替え、そして笑っていた。


ある日、彼女は摂食障害で亡くなった。


けれどある日、彼女はこう言った。

「この前、ハイスペ男子に漫画喫茶に呼ばれてさ、口で抜かされて終わりだった」

なんとも言えない表情だった。

私は苦しくて、何も言えなかった。



どれだけ食べても、満たされない人がいる。

私はそれを、餓鬼道と呼んでしまった。


彼女が地獄に落ちていないといいな、とは思う。

—————
※追記
多くの摂食障害の方は、彼女のように卑しいわけではありません。
迷惑をかけまいと、静かに、こっそり過食嘔吐を繰り返している人もたくさんいます。

彼女が亡くなったあと、彼女のSNSを見返して気づいたことがあります。
食べ物の話ばかりだった。
摂食障害の方のSNSには、異様なまでに「食の記憶」が残っていることがあります。

また、過食嘔吐をしている人の多くは、
体は痩せていても、顔だけがふっくらと浮腫んで見える傾向があります。
私たちはそれを「丸顔」「童顔」などと言って、見逃していた。

当時は、摂食障害という病気自体の知名度も低く、
誰も気づけなかったし、誰も気づこうともしなかった。

もし、あなたの近くに、似たような兆候のある人がいたら、
どうか静かに、でも確かに、手を差し伸べてあげてください。

0 件のコメント:

コメントを投稿

気軽にコメントどうぞ。
返事はしません。でも、読んだら笑うかも。