2025/07/09

地獄にしか止まらないエレベーター

これは夢の話。

でも、あまりにも現実っぽい夢だった。


それがタワレコだったのか、ディスクユニオンだったのか、よくわからない。

看板は赤と黄色のような気もするし、壁は黒く、フロアには誰もいなかった。

照明は薄暗く、BGMは流れていなかった。

でも私は「ここは音楽の場所だ」と知っていた。


店内で、現実でも知っている既婚男性と会った。もうひとり、田中という知人もいた。

彼らは普通に話しかけてきて、私は普通に対応した。

出口に行こうという流れになり、3人でエレベーターに乗った。


乗り込む直前、私はなぜか、飲みかけのルイボスティーを既婚男性に渡していた。

夢の中で彼は貧乏になっていて、それを気の毒に思った私は彼にペットボトルを渡した。彼は喜んで受け取った。

現実では、彼にふざけたように口説かれたことがある。

私は適当にあしらった。その一回限りでたぶん酔ってただけで、お互いに後ろめたいことは何もない。


夢の中で、

エレベーターは動き出し、何故か途中の階で田中が降りた。

扉が閉まり、既婚男性とふたりきりになった。

ふと猥雑な雰囲気になり、流れでキスをした。

エレベーターは上がったり、下がったりを繰り返していた。

誰も乗ってこない時間だけ、

「今だけならいいよ」

そんな空気が、ふたりのあいだにあった。

“不倫”という言葉が、まだ口にされる前の空気だった。


そして、扉が開いた。


タワレコの制服を着た知らないおばさんが乗ってきた。

でも、私はその顔を本当は知っていた。

かつて結婚しかけた男の、母親に似ていた。

その人は、初対面のとき、私に言ったのだ。

「あなたに息子を取られて悲しい」と。


地獄は、そこから始まった。


エレベーターは、どこに止まっても異形の空間に繋がっていた。

血まみれの床、光らない看板、肉のような壁。

どこかの階では、この世のものではない何かが襲ってきた。

私はアイテムのようなナイフを握っていた。

手裏剣のような形で、力強く握ると自分の手のひらも切れた。

でもそれで、化け物を倒すしかなかった。


一番深い階で、扉が開くと、そこは映画館のような部屋だった。

でも、椅子はなかった。

私はそのまま、エレベーターの中からスプラッタ映画を見せられた。

スクリーンには注意書きが流れる。


「最後まで鑑賞しないと、ペナルティがあります」

「あなたの反応はモニタリングされています⭐️」


私は怯えていた。

でも、怯える私の顔が、どこかで誰かの“コンテンツ”になっていた。

スプラッタ映画は7回分のチケット付きで、あと6回はこの地獄を見させられるらしい。

どうして私が?


エレベータに電車の車内アナウンスのようなものが流れる。


「赤羽経由、平和島行きです」


よく聞く、無機質な声だった。

エレベータは複数機あり、直通と経由線があった。

私は夢の中で直通に乗り換えた。地獄から抜け出したくて。


そういえば——

彼は現実で言っていた。

「妻はアーティストだったんだ」

「独身の頃は、道に落ちたブラジャーを定点カメラで観察する作品とか作ってた」

「でも、子どもができてからは家のことしないし、作品も作らなくなってさ」


私はそのとき、ああこの人は「毒のある女」が好きだったんだ、と思った。

でもその“毒”を、所有したいだけだったんだろう。

母になったら、毒が消えてつまらない? 

それって、あなたが解毒したんじゃないの?


彼はある会社の社長らしかった。

自分の会社で、自分の妻から毒を抜いたのだ。

それで何も残らなかったことを、私に文句として話してきた。



結婚は、地獄のエレベーターだったのかもしれない。

手続きは簡単で、扉はすぐに閉まる。

上か下かもわからないまま、誰も来ない間にだけ、抱き合っていいことになっている。

誰かが乗り込んできたら、すべてが罰になる。

誰かの母親の顔をした店員が、笑いながら地獄を開く。


結婚はどこか違う階層に連れて行ってくれる気がする。

だけど、それは地獄でもあることがある。

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