これは夢の話。
でも、あまりにも現実っぽい夢だった。
それがタワレコだったのか、ディスクユニオンだったのか、よくわからない。
看板は赤と黄色のような気もするし、壁は黒く、フロアには誰もいなかった。
照明は薄暗く、BGMは流れていなかった。
でも私は「ここは音楽の場所だ」と知っていた。
店内で、現実でも知っている既婚男性と会った。もうひとり、田中という知人もいた。
彼らは普通に話しかけてきて、私は普通に対応した。
出口に行こうという流れになり、3人でエレベーターに乗った。
乗り込む直前、私はなぜか、飲みかけのルイボスティーを既婚男性に渡していた。
夢の中で彼は貧乏になっていて、それを気の毒に思った私は彼にペットボトルを渡した。彼は喜んで受け取った。
現実では、彼にふざけたように口説かれたことがある。
私は適当にあしらった。その一回限りでたぶん酔ってただけで、お互いに後ろめたいことは何もない。
夢の中で、
エレベーターは動き出し、何故か途中の階で田中が降りた。
扉が閉まり、既婚男性とふたりきりになった。
ふと猥雑な雰囲気になり、流れでキスをした。
エレベーターは上がったり、下がったりを繰り返していた。
誰も乗ってこない時間だけ、
「今だけならいいよ」
そんな空気が、ふたりのあいだにあった。
“不倫”という言葉が、まだ口にされる前の空気だった。
そして、扉が開いた。
タワレコの制服を着た知らないおばさんが乗ってきた。
でも、私はその顔を本当は知っていた。
かつて結婚しかけた男の、母親に似ていた。
その人は、初対面のとき、私に言ったのだ。
「あなたに息子を取られて悲しい」と。
地獄は、そこから始まった。
エレベーターは、どこに止まっても異形の空間に繋がっていた。
血まみれの床、光らない看板、肉のような壁。
どこかの階では、この世のものではない何かが襲ってきた。
私はアイテムのようなナイフを握っていた。
手裏剣のような形で、力強く握ると自分の手のひらも切れた。
でもそれで、化け物を倒すしかなかった。
一番深い階で、扉が開くと、そこは映画館のような部屋だった。
でも、椅子はなかった。
私はそのまま、エレベーターの中からスプラッタ映画を見せられた。
スクリーンには注意書きが流れる。
「最後まで鑑賞しないと、ペナルティがあります」
「あなたの反応はモニタリングされています⭐️」
私は怯えていた。
でも、怯える私の顔が、どこかで誰かの“コンテンツ”になっていた。
スプラッタ映画は7回分のチケット付きで、あと6回はこの地獄を見させられるらしい。
どうして私が?
エレベータに電車の車内アナウンスのようなものが流れる。
「赤羽経由、平和島行きです」
よく聞く、無機質な声だった。
エレベータは複数機あり、直通と経由線があった。
私は夢の中で直通に乗り換えた。地獄から抜け出したくて。
そういえば——
彼は現実で言っていた。
「妻はアーティストだったんだ」
「独身の頃は、道に落ちたブラジャーを定点カメラで観察する作品とか作ってた」
「でも、子どもができてからは家のことしないし、作品も作らなくなってさ」
私はそのとき、ああこの人は「毒のある女」が好きだったんだ、と思った。
でもその“毒”を、所有したいだけだったんだろう。
母になったら、毒が消えてつまらない?
それって、あなたが解毒したんじゃないの?
彼はある会社の社長らしかった。
自分の会社で、自分の妻から毒を抜いたのだ。
それで何も残らなかったことを、私に文句として話してきた。
結婚は、地獄のエレベーターだったのかもしれない。
手続きは簡単で、扉はすぐに閉まる。
上か下かもわからないまま、誰も来ない間にだけ、抱き合っていいことになっている。
誰かが乗り込んできたら、すべてが罰になる。
誰かの母親の顔をした店員が、笑いながら地獄を開く。
結婚はどこか違う階層に連れて行ってくれる気がする。
だけど、それは地獄でもあることがある。
0 件のコメント:
コメントを投稿
気軽にコメントどうぞ。
返事はしません。でも、読んだら笑うかも。