2018/07/22

同期のX君は自分の名前が言えない

新卒で入社した会社の研修で同期のひとりにX君という変わった子がいた。

一番キチガイじみたプログラムがあった研修4日目の夕食時間、私は同期の誰よりも早く食べ終え、一人喫煙所に向かった。

というのも、夕食中に同期の一人が「ちょっと明日から諸事情で研修を離脱する同期がいるから、夕食終了時間19時にみんな写真撮るために集まろう〜全員参加ね!」とか言うので、仕方なく皆が集まる所に行こうと、素早く一服終え、エレベーターに乗った。

そしたら、カップ麺を持った同期のX君も乗ってきた。


この時、私はX君とは話したことはまだ無かったのだけれど、いつもオドオドしていて、異様な雰囲気を持ち合わせている人だったので彼の存在はなんとなくわかっていた。

そして人付き合いが苦手そうなX君は一番キツイ研修で参ってしまって、一人でゆっくり静かに夕飯を食べるためにコンビニで買い物してたんだなと察した。
だけど、これから同期全員また集まることを知らなそうだから一応教えてあげようと思い、声を掛けた。

「これから写真撮るためにまた集まるみたいだよ。でもカップ麺伸びちゃうし、これから食べるよね?君のグループと一緒にいる人に遅れることを伝えておこうか?君の名前を教えて」


集合に遅れても、最悪来なくても平気だろうと思ったから私は気を遣ってこのようにX君に集合があるということを教え、そしてこの時まだX君の名前を知らなかったので、彼の名前を尋ねた。


するとX君は


「えぇ...あ...あっ、集まるンですか?!!!」


エレベーターの隅に体をビクッと寄せ、すごく驚いたような、恐怖に満ちた様な表情で私の質問には答えず、聞き返してきた。


「まあ大した用で集まるわけじゃないし、一応なんかあったら困るから伝えとくから名前教えて」


とX君を落ち着かせるために、一言添えて再度名前を聞いた。

するとX君は

「い、いっぺいちゃんです。」

と答えた。
そしてエレベーターが私が降りる階に着いたので
「いっぺいちゃんね。グループの人に伝えとくわ。」
と言って私はエレベーターを降りた。

その後、集合時間になり、その場にX君は居なかったので、X君といつも仕方なく一緒に居たグループの人たちに

「なんかいっぺいちゃんっていう子がカップ麺持って、部屋に行っちゃったみたいだよ。いなくて平気かな?」
と言うと
グループの人は
「いっぺいちゃん?誰それ。知らないけど、大丈夫じゃない?」
と返して来た。

私はそこでハッとした。どうしていつも一緒にいるはずのグループの人はいっぺいちゃんを知らないのか。


そういえば、X君はカップ麺を持っていた。

そのカップ麺は四角い形をしていて、彼が手にしていたのは明らかにカップ焼きそばのフォルムのものだった。パッケージはお湯を入れるため剥がされ、無色だったが、狭いエレベーターには確実にあのカップ焼きそばの香りが漂っていた。
そう、X君は自分の名前ではなく、自分が持っていたカップ麺の名前を答えていたのだ。

その後、一平ちゃんこと:X君は集合には現れず、誰もそれを指摘しなかったので彼なしで写真撮影は行われた。


おそらくX君は吃音症か場面性緘黙症を患っているか、対人恐怖症かと思われるくらい人と接するのが苦手な人だった。

おまけに潔癖症も患っているのか、人と触れ合う事が苦手なようだった。
研修中、講師に人格否定をされまくった後、全員褒められるという洗脳プログラムで同期全員が洗脳を施してくれた講師に感謝と喜びを分かち合うためにハグや握手をする場面があったのだけれど、
「僕そういうのマジだめなんで、勘弁してください。」
と言って汗をダラダラ垂れ流し、人と接触するのを拒絶して目立っているような異質な存在だった。
それなのに写真撮影では忘れ去られていたのだ。

後日、X君の本名と普段周りから呼ばれるあだ名などを知ることになったが、そこに「一平ちゃん」の「い」の字も入っていなかった。


病気なのかそういう性質なのか、わからないけれど、名前を聞かれているのに、自分が食べるカップ麺の名前を答えてしまうX君はお茶目で可愛いと思った。

ただ、生きているのは辛そうに見えた。

いつかX君が自分の名前をちゃんと言えるようになりますように。