2025/10/09

世界を喪に服させた女 ──シャネルと呪いの美学

森アーツセンターで開催中の「la Galerie du 19M」。

シャネルのクラフトマンシップを讃える展示──のはずだった。

でも、ある部屋で私は立ち尽くした。

吊るされた繭、赤と黒の布、落ち葉に包まれた供物のようなオブジェ。

そこには“高級メゾン”ではなく、“儀式”の空気が漂っていた。


ガデループの奴隷史博物館で見た祭壇


ガデループ島の奴隷史博物館で見たヴードゥーの祭壇に、あまりに似ていた。

呪いと祈りの境界が溶ける場所。

そういえば、シャネルもかつて、世界を呪った女だった。



黒いドレスの呪い


1920年代、シャネルの恋人アーサー“ボーイ”カペルが交通事故で亡くなった。

彼女は絶望の果てに黒い服しか着られなくなった。

その悲しみが、後に“リトル・ブラック・ドレス”として世界に流行した。


つまり── つまり、ひとりの女の喪が、世界のスタイルになった。

ひとりの女の悲しみが、文明の制服になった。

シャネルはファッションを発明したのではなく、

悲嘆を世界に感染させたのだ。



la Magie:手仕事の祈りと降霊



今回の展示「la Magie(マジック)」では、

糸や羽、金属、布といった素材が、まるで呪具のように組み合わされていた。

吊るされた繭のような形は、胎児にも、亡霊にも見える。

足元の落ち葉は、大地と死をつなぐ皮膚のよう。


そこには「クラフト=技術」ではなく、「クラフト=降霊」という思想があった。

針と糸で縫われているのは、布ではなく“記憶”そのもの。

美とは、死者と交信するための形式。

そう感じた。




美と呪いは紙一重


世界を黒で覆ったシャネルの“美学”は、

実は霊的な執念だったのかもしれない。

悲しみを商品にし、喪失をデザインに変える。

それが彼女の魔法=la magie。


今回の展示で見たクラフトの数々は、

その魔法がまだこの世をさまよっている証拠のようだった。


彼女はもういない。

けれど、黒は今も流行している。

つまり、呪いはまだ解けていない。


そこは展覧会というより、呪術のための礼拝堂のようだった。

来ていた女たちは亡霊に取り憑かれていた。




※追記 2025年10月11日

ヴードゥの祭壇はマルティニーク等ではなく、ガデループ等でした。

訂正させていただきます。


———

©️DSH / 2025

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