2025/10/08

斉藤さんと心の放射線量

「斉藤さん」というアプリがあった。

チャットルーレットの通話版で、見知らぬ誰かと会話ができるというもの。


私は留学中、日本語が恋しくなって、たまに開いていた。

夜中にふと母語で誰かと話したくなっても、

時差のせいで日本の友人には連絡できなかったから。


ある夜、同い年くらいの男の子と、少し長く喋った。

ああいうアプリにありがちな、“すけべ心”だけで突っ走るタイプではなかった。

もちろん下心はあったと思う。

でも、どこかで「人と関わりたい」という寂しさが透けていた。


話し方が妙に軽快だった。どこかで聞いたような話しぶり。

だから私は言った。


「ねえ、君、どこかで配信とかしてるでしょ?」


すると彼は、ある小さな配信プラットフォームで喋っていると言った。

リスナーはほとんどいないらしい。

でも、彼にとってはそれでも、“誰かに話す”ことが必要だったのだと思う。


身の上話もしてくれた。


父親は東電の社員。

エリートだけどケチで、彼には高校卒業後に自衛隊の学校へ行けと命じたという。

母親は専業主婦で、気が弱く、彼の味方にはなってくれなかった。


彼はこう言った。


「自衛隊の試験ってどうやって受けるか知ってる?

車で家まで迎えに来てくれて、試験会場に送ってくれるんだよ。

なる人が少ないから高待遇でさ。試験も選択式で簡単なの。

でも、本当に嫌だったから、わざと全部間違えて落ちた。」


私はそのとき、画面越しに聞いていただけなのに、

自分の心のプルトニウムが、じわっと熱くなるのを感じた。


あれは、東日本大震災から数年が経った頃だったと思う。

彼は東北の人ではなかった。


でも、彼の家にはまだ、目に見えない被曝があったのかもしれない。


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©️DSH / 2025

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