工場を継いだものの、私はその空間の扱いに困っていた。
広すぎる。静かすぎる。
誰も入れたくないのに、ひとりで抱えているには退屈すぎた。
だから私は、知り合いのDJを呼んでパーティを開くことにした。
言い出したのは私だ。誘ったのも私。
工場を開ける理由が欲しかった。
思ったより人が来た。
友達、DJの友達、そのまた知り合い…
でもみんな悪くなくて、笑いながら食べ物を並べたり、後片付けを始めたり、
工場中を勝手に掃除してくれたりした。
そのくせ、置きっぱなしの部品を「これもらっていっていい?」と聞いてくる図々しさもあった。
誰も悪気はないのに、境界を踏んでくる感じ。
いつものことだ。
パーティの最初から、私はDJにずっとちょっかいを出していた。
肩に触れたり、耳元で話したり、近くを通るときわざと身体を寄せたり。
あっちは困ってた。
「いや、俺…仕事中なんだけど…」みたいな、あの弱い笑い。
そのくせ、私のほうをずっと見てるのも知ってた。
宴がたけなわになった頃、突然、人の動きが変になった。
空気がピタッと止まる瞬間がある。
笑ってるのに、誰も心の中では笑っていない、あの感じ。
ガヤガヤしてる隅を見ると、
友達の半グレの弟が、真顔でこう言った。
「死体隠すのに良い場所、見つけたんだよね」
仲間を呼んで、地下で遺体を解体していた。
刃物の静かな音。
湿った空気。
鉄と肉の匂い。
めんどくさいことになった。
本当に、心の底からそう思った。
DJが私の袖を軽くつまんだ。
「……逃げる?」
私が誘っておいて、逃げるときは向こうが誘ってくる。
その関係性が、妙に気分よかった。
途中、警官がひとりで現れた。
間抜けそうな顔で、でも権力の匂いが滲み出ていて、
見つかれば確実に疲れる。
私たちは物陰に隠れた。
そのくせ、私はずっと考えていた。
(あいつら、絶対バレる。めんどくさい。関わりたくない。)
世界が私たちだけを残して勝手に自滅していくみたいだった。
アスファルトに置かれた二台の自転車が目に入った。
彼と目が合う。
「乗る?」
私はもう答える気もなくて、自転車に跨った。
工場の敷地は、現実より遥かに広く、
奥に行くほど風景が別の世界に変わっていった。
突然、イクスピアリとかマカオのショッピングモールみたいな、
天井に偽物の空が描かれた廃遊園地が現れた。
光の残骸だけが、遠くでチカチカしていた。
でも、私たちは外へ向かって走り続けた。
敷地の端にフェンスが現れた。
私の身長ほどで、越えられるか微妙な高さ。
「飛び越え方、わかるだろ?」
DJが言う。
私がちょっかいをかけてた男とは思えない声で。
なぜか、本当にわかる気がした。
蹴り上げた瞬間、身体が驚くほど軽かった。
簡単に、フェンスを越えられた。
向こう側は湿った空気で、
水の匂いが薄く漂っていた。
二人で立ち止まって、呼吸を整える。
見つめ合う。
(何したいかわかるよね?)
そんな気配が、同時に流れた。
次の瞬間、私は彼の胸を引き寄せて、
唇がぶつかるみたいに強くキスをした。
湿気が身体中にまとわりついて、
そのまま深いセックスへ溶け込んだ。
全部から逃げてきたくせに、
そこにだけは落ち着いた。
そこで私は目が覚めた。
夢にしては、現実よりもずっと正確だった。
映画みたいで楽しかった。死体は正直怖かったけど。
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