2025/11/28

工場の夜

工場を継いだものの、私はその空間の扱いに困っていた。
広すぎる。静かすぎる。
誰も入れたくないのに、ひとりで抱えているには退屈すぎた。

だから私は、知り合いのDJを呼んでパーティを開くことにした。
言い出したのは私だ。誘ったのも私。
工場を開ける理由が欲しかった。

思ったより人が来た。
友達、DJの友達、そのまた知り合い…
でもみんな悪くなくて、笑いながら食べ物を並べたり、後片付けを始めたり、
工場中を勝手に掃除してくれたりした。

そのくせ、置きっぱなしの部品を「これもらっていっていい?」と聞いてくる図々しさもあった。
誰も悪気はないのに、境界を踏んでくる感じ。
いつものことだ。

パーティの最初から、私はDJにずっとちょっかいを出していた。
肩に触れたり、耳元で話したり、近くを通るときわざと身体を寄せたり。
あっちは困ってた。
「いや、俺…仕事中なんだけど…」みたいな、あの弱い笑い。

そのくせ、私のほうをずっと見てるのも知ってた。

宴がたけなわになった頃、突然、人の動きが変になった。
空気がピタッと止まる瞬間がある。
笑ってるのに、誰も心の中では笑っていない、あの感じ。

ガヤガヤしてる隅を見ると、
友達の半グレの弟が、真顔でこう言った。

「死体隠すのに良い場所、見つけたんだよね」

仲間を呼んで、地下で遺体を解体していた。
刃物の静かな音。
湿った空気。
鉄と肉の匂い。

めんどくさいことになった。
本当に、心の底からそう思った。

DJが私の袖を軽くつまんだ。

「……逃げる?」

私が誘っておいて、逃げるときは向こうが誘ってくる。
その関係性が、妙に気分よかった。

途中、警官がひとりで現れた。
間抜けそうな顔で、でも権力の匂いが滲み出ていて、
見つかれば確実に疲れる。

私たちは物陰に隠れた。
そのくせ、私はずっと考えていた。

(あいつら、絶対バレる。めんどくさい。関わりたくない。)

世界が私たちだけを残して勝手に自滅していくみたいだった。

アスファルトに置かれた二台の自転車が目に入った。
彼と目が合う。

「乗る?」

私はもう答える気もなくて、自転車に跨った。

工場の敷地は、現実より遥かに広く、
奥に行くほど風景が別の世界に変わっていった。

突然、イクスピアリとかマカオのショッピングモールみたいな、
天井に偽物の空が描かれた廃遊園地が現れた。
光の残骸だけが、遠くでチカチカしていた。

でも、私たちは外へ向かって走り続けた。

敷地の端にフェンスが現れた。
私の身長ほどで、越えられるか微妙な高さ。

「飛び越え方、わかるだろ?」

DJが言う。
私がちょっかいをかけてた男とは思えない声で。

なぜか、本当にわかる気がした。

蹴り上げた瞬間、身体が驚くほど軽かった。
簡単に、フェンスを越えられた。

向こう側は湿った空気で、
水の匂いが薄く漂っていた。

二人で立ち止まって、呼吸を整える。
見つめ合う。

(何したいかわかるよね?)

そんな気配が、同時に流れた。

次の瞬間、私は彼の胸を引き寄せて、
唇がぶつかるみたいに強くキスをした。
湿気が身体中にまとわりついて、
そのまま深いセックスへ溶け込んだ。

全部から逃げてきたくせに、
そこにだけは落ち着いた。

そこで私は目が覚めた。

夢にしては、現実よりもずっと正確だった。

映画みたいで楽しかった。死体は正直怖かったけど。

——— ©️DSH / 2025

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