2025/12/24

友情という、持たざる者の無形資産

友情は、ときどき素晴らしい。
でもそれは、距離感と、最低限の人間性が揃っているときに限る。

「私たちって友達だよね?」

この言葉を、わざわざ声に出して確認されるとき、
だいたい何かを引き受けさせられる前兆だ。

異性の場合は、もう少し露骨だ。
「お前と俺は友達だから、勘違いするな。」

だいたいこのセリフは、
向こうが先に好意を出してきて、
こちらが引こうとした瞬間に使われる。

友達という座布団を敷いて、
相手は安全に居座る。
そのあとは、感情の後始末だけがこちらに残る。

カリブ海をクルーズしていたとき、船の上でタバコが切れた。
同じ船で知り合ったフランス人の男性も喫煙者だった。

「お金払うから、一本ちょうだい」と言うと、
彼は首を振ってこう言った。

「お金はいらない。それが Amitié(友情)だ。」

不思議と、そこに恩着せがましさはなかった。
貸しを作る感じもなかった。
ただ、その場で必要なものを差し出して、終わりだった。

友情を使わない人は、
—— 友情を通貨にしない人

「友達なんだから」「仲良いでしょ?」

そう言ってくる人ほど、
実際には何も渡してこない。

時間も、労力も、責任も、
最後はいつもこちら持ちだ。

たいてい、そういう人は何も持っていない。
金も、覚悟も、関係を終わらせる勇気も。

だから友情を資産だと思い込む。
無形資産にしがみついて、
それを友情だと叫び続けるしかなかった。


——— ©️DSH / 2025

1 件のコメント:

  1. 「お金はいらない。それが Amitié(友情)だ。」いいね 今度おれも使お

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