2025/12/01

糠床と私

家で糠漬けを作っている男が良い。

仲良くなって、家に招かれる。
そして前菜みたいに、彼の手製の糠漬けが出てきた。

ひとくち、ボリっと噛む。
歯応えと塩気が、やけに鮮やかに広がる。

「なにこの糠漬け。
すごく美味しい。こんなの初めて。」

と言うと、男は得意げに笑って、

「糠漬けって、人の手の菌で味が決まるらしいよ。
もしかして、俺の菌がよかったのかも。」

その瞬間、独身男の部屋の“生活の乱れ”に目がいってしまった。
(この部屋で育った菌って、本当に大丈夫…?)
そう思ったら、急に吐き気が込み上げた。

幸い、糠漬けしか食べていなかったから、
出てきたのは子猫みたいなゲロだった。

糠漬け男は、子猫みたいに私を介抱してくれた。
その優しさが、ちょっとだけ可愛かった。

具合が戻り、洗面所で口を濯ぐ。
ベッドに戻ると、生活じゃなくて“性”の匂いがしていた。

私は、自分の糠床に、彼のナスを漬けてみた。

糠漬けは美味しかったけど、セックスは微妙。
優しい男だから、文句も言えず、
イッたふりをして静かに終わらせた。

彼の家には鏡がなかったので、
台所の包丁の背でメイクを直して帰った。

それ以来、会っていない。
糠漬けの味だけ、妙にくっきり覚えている。

——— ©️DSH / 2025