2025/08/05

オカルト特集No.3| 座敷童子さん、回してください

母は座敷童子が好きだった。

その響きにも、祀られた伝説にも、そしてなにより「現れると幸運をもたらす」という曖昧な保証にも。

「この旅館、ほんとうに出るんだって。行ってみたいよね」と笑う母に付き合って、私は二つの旅館を訪ねた。

緑風荘と、菅原別館。岩手県にある、いずれも“見た人には幸運が訪れる”という噂つきの宿だった。


緑風荘は、大きな古い旅館だった。

すべての建物が使われているわけではなく、一部はもう崩れかけていた。

でもその傷みかけた場所が、むしろ時間を閉じ込めているようで、私は好きだった。

夜、布団に入ってもなかなか寝つけなかった。母と連れ立ってトイレに行ったとき、「なんか赤ちゃんの声がするね」と小さく話した。

私は野良猫かなと思っていた。でも、母にはもっとはっきりと、部屋の前まで駆け寄ってくるような大音量の“泣き声”が聞こえていたらしい。

母は泣いた。怖さもあったのだろうけど、それだけじゃなかった。

「あなた、辛かったんだよね」

そんなふうに、誰にともなく、けれど確かにそこにいる誰かに向かって語りかけていた。

母は、座敷童子という存在を、ただの“ラッキーの象徴”としては見ていなかった。

殺されてしまった子、口減らしで消された子どもの魂じゃないか――そんな話を信じていたから。

そして、話しかけていたのは、きっとその“かわいそうな子”だった。


菅原別館ではもっとはっきりと「いた」。

白い球体が廊下の暗闇にものすごいスピードで飛んでいくのを私は見た。

母には見えていなかったけれど。

正直めちゃくちゃ怖かった。


私たちが泊まったのは、特に“出る”と噂されている部屋で、天井から竹でできたモービルのような飾りが吊るされていた。

ふざけ半分、でもどこか本気で「座敷童子さん、いるなら回してください」と声をかけた。

回った。

「風かもしれないね」と母が言うので、「じゃあ反対に回してくれる?」と声をかけた。

すると、本当に反対に回った。

「もっと速く!」と呼びかけると、びゅんびゅんと目が追いつかないほどの速さで回り出した。

あの部屋には、確かにいたと思う。


その旅館の若女将さんには、障がいのある小さな息子さんがいた。

よく幼稚園を脱走してしまうけど、必ず無事に見つかる。

きっとこの子にも座敷童子がついているんだろう、と話していた。

実の子ではないけれど、その子と若女将さんを愛している男性も宿で働いていた。

私はなんだか、いろんな境界線が柔らかくなっていくような感覚を覚えていた。

血のつながり、親子、霊と人間、過去と現在、見える人と見えない人。

全部、つながっていた気がした。


菅原別館に行ったあとの私の部屋は、少しおかしくなった。

勝手に電気が消えたり、写真を撮ると頻繁にオーブが写ったり。

天井の照明の紐に制服のリボンなようなものを私はつけていた。

それに向かって「回ってください」と言うと、本当に回った。

反対に回して、と言えば反対に。

「速く」と言えば、ありえないスピードで。

母は「念かもしれないね。信じる気持ちが強すぎて」と言っていた。

翌朝、母はリボンを外して塩と一緒に捨てた。

もうやめよう、って言って。


その後、緑風荘は火事に遭った。

「座敷童子がいる家は栄えるけど、いなくなったあとは一瞬で滅びる」

そういう噂も、後から聞いた。

あのときの赤ちゃんの声は、もう誰にも聞こえていないかもしれない。

でも私は、モービルの回転を、目に焼きつけたまま、大人になった。


菅原別館も緑風荘も共通してる点があった。

母が予約できますか?と電話すると、数年先までいっぱいなんです、と断られるんだけど、その後すぐに折り返しの電話がきて、

ちょうどキャンセルが出て予約ができたんだよね。


大人になって、もしかして演出?とか勘繰ったけど、わざわざそんなことするかな。

どっちの宿も別に高くないし、普通っぽい感じの人が経営してた。


でも、どっちも不思議なことが起きたのは確か。

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