ロンドン留学中、イタリア人の男友達が主催したパーティで、私はひとりの男に一目惚れした。
目をそらせないほど顔がよくて、雰囲気も完璧だった。
私がじっと見てたら、向こうが気づいて話しかけてきて、そこからデートがはじまった。
彼は売れないアーティストだった。
ステンシルで街中にバナナとか描いてた。いま思えば「ポスト・バンクシー症候群」まるだしのやつ。
(当時すでにバンクシーの全盛期だった)
ある日、大喧嘩して別れることになった。理由は覚えてない。
でもとにかく腹が立って、ただ怒るだけじゃつまらないと思った私は、「アートで対抗しよう」と思った。
絶対にあいつの心に爪痕を残してやろうとも思った。
彼は自分の家の前の歩道にバナナを描いていた。そのそばに、今度は彼の顔面が中指を立ててるステンシルを描いてやろうと決めた。
まず写真を引っ張り出して、コピー機で拡大。
ステンシルの型を作るのに、夜な夜なカッターで彼の輪郭をくり抜いた。
この時点でもう冷静さはゼロ。
「私は女バンクシーだ、愛と怒りのゲリラだ」くらいの気持ちでいた。いま考えると黒歴史すぎて直視できない。
場所は彼の家の前。
もちろん昼間にロケハンしてCCTV(防犯カメラ)がないのを確認。
女ひとりじゃ危ないし、アート好きの男友達を誘って、勝手に“共犯者”に仕立てた。
深夜3時に決行した。
3日後、彼から写真つきでメッセージが来た。
「これはなんだ? 面白いと思ってるのか?」
知らん顔して「ステートメントだよ」って返したら、思いきり罵倒された。
でもそれから1ヶ月後。
また彼からメッセージが来た。
「やっぱりあのステンシル最高だったと思う。」
そこから、また少しだけ仲直りした。ほんとに、バカみたいな話。
正直いま見ると、顔のステンシルもバナナもじわじわくる。
たぶん私がやったことの中でいちばん稚拙で、いちばんアートっぽいかもしれない。
そしてたぶん、あの男の人生のなかで、いちばんムカついて、いちばん笑った夜だったんじゃないかな。
いままで好きになった男性の中で1番好きで、この人以上好きになったことってない。
最終的に別れた後は2年間くらい、ずーっとどの男性にも彼の影を追い求めてた。
そして彼とはもう何年も会っていないのに、たまに「好きだ」とか「結婚したい」ってDMが届いてる。
すごく好きだったけど、好きだった気持ちは、もう過去の思い出になってしまって、私はもう彼のこと好きじゃない。
それにいまだに売れてないし、貧乏との結婚なんて絶対ムリ!
でも、もし近々会えたら会ってみようかなって思う。
ちなみに余談だけど、彼には一度「なんでジョイント巻けないの? いい女はジョイント巻けるんだよ」って言われたことがある。
悔しくてYouTube動画を見て、巻けるようになった。
巻いてるとき、ふと「これ、茶道に似てるな」って思った。
どっちも“キマるための作法”がある。
彼自身も、存在も、女の扱いも、どこか作法があった。
私はいつも、知らない間にトリップさせられてたんだと思う。
またあんなふうに誰かを好きになれたらいいな。
たぶん私は、心にタギングされまくってたんだね。
彼の描くバナナにときめいたことはなかったけど、
彼についてたバナナには、ちょっとだけ惹かれてたかもしれない。
良い話
返信削除さいきん大丈夫?無理しないでね
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