2026/07/03

可能性の蒐集家

パリへ留学する前、大学のフランス人の先生にこう言った。

「夏にフランスへ戻るなら、お茶しませんか。暇だったら連絡してください。」

当時、私は22歳。先生は10歳ほど年上だった。

パリには知り合いも少なかったし、自分から「会いたい」と強く誘うのも、相手の立場があると思った。

留学中、向こうから連絡が来た。

何度か食事をした。
最初は二人だったけれど、その後はお互い知人を呼ぶこともあった。

日本へ帰ってからも、三年ほど、ときどき食事をする関係が続いた。

当時は、お互い恋愛感情はないと思っていた。
お互い恋人がいる時期もあったからだ。

けれど、会うたびに違和感だけが積もっていった。

向こうから誘ってくるのに、店はいつも私が決める。
それがずっと不思議だった。

ある日、先生は七年間同棲していた客室乗務員の恋人に突然出て行かれた話をした。

私が「理由は何だと思う?」と聞くと、

「うんざりしてたんだと思う。」

と少し苛立ったように答えた。

その頃から、誘い方が変わっていった。

露骨に口説いてくるわけではない。

性的な関係だけを求めてくるなら、むしろ話は単純だ。

そうではなく、じわじわと情緒だけ近づけてくる。

彼女がいるのに、どこかこちらへ感情を向けてくる。

「嫌ならいいよ。」

「無理ならやめるよ。」

そんな逃げ道を自分のために残したまま、相手との距離だけは縮めようとする。

積極的ではない。

湿っている。

責任を負う覚悟はないのに、可能性だけは失いたくない。

そういう空気をまとった男性が、ときどきいる。

私は昔から、その空気が苦手だった。

だからある日から、二人で会うのをやめて、共通の知人も誘うことにした。

すると先生は、予約までしていた食事を直前でキャンセルした。

もし本当に友人として会いたかったなら、三人でも来られたはずだ。

二人きりではなくなった途端、会う理由がなくなったのだろう。

あの日、私は思った。

この人は恋をしているんじゃない。

彼女を失う勇気はない。

新しい恋を始める勇気もない。

だから恋ではなく、

可能性を蒐集している。

誰かに選ばれたという感覚だけを少しずつ集めながら、

最後の一歩だけは踏み出さない。

卑怯というのは、欲望があることではない。

欲望の責任だけを、いつも他人に渡すことだ。

私は、そういう恋が嫌いだ。


——— ©️DSH / 2026

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