パリへ留学する前、大学のフランス語の先生にこう言った。
「夏にフランスへ戻るなら、お茶しませんか。お時間があれば連絡してください。」
当時、私は二十二歳。
先生は十歳ほど年上だった。
パリには知り合いも少なかったし、自分から何度も誘うのも、相手の立場を考えると気が引けた。
だから留学中、
連絡をくれたのは向こうだった。
何度か食事をした。
最初は二人。
そのうち、お互い知人を誘うことも増えた。
日本へ帰ってからも、
三年ほど、ときどき食事をする関係が続いた。
当時は、
お互い恋愛感情はないと思っていた。
それぞれ恋人がいる時期もあったからだ。
けれど、
会うたびに違和感だけが積もっていった。
向こうから誘ってくるのに、
店はいつも私が決める。
先生は、自分では何も決めなかった。
ある日、
七年間同棲していた客室乗務員の恋人に突然出て行かれた話を聞いた。
私が、
「理由は何だと思う?」
と聞くと、
少し苛立ったように、
「うんざりしてたんだと思う。」
と答えた。
その頃から、
誘い方が少し変わった。
露骨に口説いてくるわけではない。
もし体だけが目的だったなら、
話はもっと単純だった。
そうではなく、
じわじわと情緒だけ近づけてくる。
「嫌ならいいよ。」
「無理ならやめよう。」
そんな逃げ道を自分のために残したまま、
相手との距離だけは少しずつ縮めようとする。
積極的ではない。
湿っている。
自分の欲望の責任だけは、
決して引き受けようとしない。
私は昔から、
そういう空気が苦手だった。
だからある日から、
二人で会うのをやめて、
共通の知人も誘うようにした。
すると先生は、
予約までしていた食事を直前でキャンセルした。
それも一度ではなかった。
もし本当に友人として会いたかったなら、
三人でも来られたはずだ。
二人きりではなくなった途端、
会う理由がなくなったのだろう。
数年後、
連絡も途絶えていた先生から突然メッセージが届いた。
「あの頃、君とセックスしたかった。君と寝るのが夢だった。それから、あの日、君の家で三人でいたときは、君のことを考えて、そのあと君の友達のことも考えていた。」
彼はそれを、
詩的な秘密でも打ち明けるように送ってきた。
その言葉が、
自分自身をどう映しているのか、
まったく気づいていなかった。
本人にとっては、
卑しさではなく、
ロマンチックな告白だったのだろう。
私はもう何年も、
先生と連絡を取っていなかった。
それでも彼の中には、
手に入らなかった可能性だけが、
まだ残っていた。
思い出ではない。
手に入れられなかったもの。
まだ捨てきれていないもの。
彼は恋人を失う勇気も、
新しい恋を始める勇気もなかった。
誰かに選ばれたという感覚だけを集めながら、
最後の一歩だけは踏み出さない。
彼が蒐集していたのは、
女ではない。
可能性だった。
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2026年7月4日加筆修正
🇫🇷Voici la version française.
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