子供の頃、私は見てはいけないものを見た気がしている。
それは「幻覚」ではなかったと思いたいし、母もそう言ってくれた。
でも、いまだに正体はわからない。
小学生のとき、葛西あたりにある左近川という川沿いを父と2人で歩いていた。
その日以外にも数回行ったことがあったが、釣りをしている大人もいたりするが、いわゆる「綺麗な川」ではなかった。
岩場にはザリガニ、橋の下にはフナムシ。海が近いためか、どこか湿った生気が漂っていた。
ある日、川を覗いた私は、それを見つけた。
黄色と黒の縞模様を持つ、見知らぬ魚の群れ。
サイズは小魚程度。
しかし、泳ぎ方が奇妙だった。群れは一匹の魚を先頭に、綺麗な三角形を描いていた。
列の乱れもなく、ぬるり、すいすいと、まるで軍隊のように水面を滑っていく。
質感は魚というより、両生類に近かった。ぬめりのある皮膚。
サメのような背びれもなく、金魚のように体をくねらせながら進んでいた。
だが、色が異様だった。
工事現場のバリケードのような黄色と黒の警戒色。
自然の中で見るには、あまりにも不自然で、毒々しくて、美しかった。
私は、父を呼ぼうとした。父は魚に詳しかったし、「見て」と言えば何か言ってくれると思った。
でも、その一瞬の間に――すべての魚が消えた。
まるで、こっちが声をかけるのを待っていたみたいだった。
こっちを見ていたのかもしれない、と今になって思う。
でもあのとき、私はただ川を見ていただけなのだ。
観察していたつもりが、観察されていたのかもしれない。
あとから父に話しても、「光の加減じゃない?」と笑っていた。
けれど、曇り空だった。寒い季節で、私は長袖にタイツを履いていた。
夏ではない。陽炎も光も揺れていなかった。
インターネットで調べても、あの形状も、色も、群れ方も一致する魚は見つからない。
だから私は、もしかして**UMA(未確認生物)**だったのかと半ば冗談交じりに考えるようになった。
それでも絵に描いたこともあるくらい、鮮明に覚えている。
なぜか怖かった。
見た目の毒々しさだけじゃなく、異様な気配を感じた気がした。
今思うと、子供の特有の幻覚?とも思う。
私がこの変な魚を見たのは、小学校の低学年の頃だったと思う。
たしかに川をのぞきこんだのは自分の意思だったけれど、あの「列」は、どう考えても私の想像の外側にあった。
黄色と黒の毒々しい色の小さな魚たちが、なぜか“先頭”を決めて、きれいな三角形を保ちながらすいすいと泳いでいく。
それはまるで、軍隊か、どこか異世界のルールで動いている生き物のようだった。
私はピンクとリボンが好きな子どもだったし、あの列隊は私の“おとぎ話”のなかにはいなかった。
それは“夢の延長”ではなく、“現実の裂け目”から漏れた、誰かの世界だったのかもしれない。
UMAってネッシーとかビッグフットとか大きな生物が多いけど、もしかして、意外と地味なものもいるのかもしれない。
誰か、同じようなものを見た人はいないだろうか。
川で、黄色と黒の魚のような生き物を。
三角列隊で泳ぐ、不自然な美しさを。
私はずっと、この記憶に名前をつけられずにいる。